人類が消えた世界

ありそうもないことだが仮にいまヒトに特異性を持つ強毒のウイルスが発生して世界の人間が絶滅してしまったらこの地球はどうなるだろうか?著者アラン・ワイズマンは奇抜な発想で地球の自然と人間の関わりを豊富な科学的データの調査と大胆な予測を交えて考察する。

人類消滅から数日後、排水機能が麻痺した大都市の地下鉄は水没する。2〜3年後には下水管やガス管などが次々と破裂し、亀裂の入った舗装道路から草木が生えて来る。5〜20年後には木造住宅、つづいてオフィスビルが崩れ始める。落雷で枯れ草や枯れ枝に引火すれば街はまたたく間に炎に包まれるだろう。コントロールを失った石油プラントは何時かは爆発するだろう。数百年後橋は落ち大都市も森に覆われ野生動物や鳥たちの棲家となっているだろう。農地は森になるだろう。人間の重圧から開放された世界に野生動植物が繁栄するのは間違いない。

しかし人間の作ったもので毀れないものもある。プラスチックだ。紫外線で劣化はするが粉々に小さな粒になってもプラスチックは分解されない。将来分解するような微生物が現れるかどうかは予想出来ない。微細なプラスチックの粒子は食物連鎖によってプランクトンを含む多くの生物に取り込まれ有害な影響を与え続けるだろう。

人類の残した3万発の核弾頭はそれ自身で爆発することはないだろうが爆弾の外殻はやがて腐食し放射能を帯びた内容物が風雨に晒される事になる。プルトニウム半減期は24,110年なので自然のバックグラウンドまで落ちるまで25万年もかかることになる。この他に441箇所の原子力発電所の残骸もあるのだ。

人間の活動による温暖化をはじめとする地球環境の悪化についてはいま様々な防止策が議論されているが功利的政治的な議論にとどまっている。著者のワイズマンはもしも人間が忽然といなくなったらという大胆な仮定を設定することで人間が地球に対してどんなに負荷をかけているか、地球は今後どんな運命をたどるのかについて新たな切り口で示したと言えるだろう。

自然とは何か?人間とは、生命とは何か?時間とは何か?そんな哲学的な命題にも触れる何かをふと考えさせる。次の祈りにも似たフレーズでこの書は終っている。

電波は進み続ける光と同じように消えることがない。

電波と同じく、私たちの脳が発した信号は進み続けるはずだ。だが、どこへむかって?宇宙の構造は膨張する泡のようなものだといまは言われているが、それはまだ一つの理論にすぎない。ひどく謎めいた宇宙のひずみのことを思えば、私たちの思考の波がやがて元の場所に戻ってくる道を見つけると考えてもあながち不合理ではないかもしれない。私たちの記憶が宇宙の電波に乗って里帰りし、いとしい地球の上をさまようことがないとは言い切れない。


原題 The world without us 著者 Alan Weisman

人類が消えた世界

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人類が消えた世界 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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